三題噺「金魚鉢、忘れ物、国境」

三題噺とは

夜が深まり始めた頃、ぐらりと大きくマンションの部屋が回った。テーブルの隅に置いてあったコーヒーカップが床に落ちて派手な音を立てて割れた。長い揺れだった。Xを開き「ゆれ!」と入力して送信してもまだ部屋は目眩のように回っていた。

やがてそれが揺れなのか眩暈なのか区別できなくなり、タイムラインも一向に進まず、私はあきらめてコーヒーカップを片付けに行った。あの人の忘れ物のコーヒーカップを私は未練たらしく愛用していたのだ。「ちょうどよかったわ」声に出して言ってみた。この部屋からやっとあなたがいなくなった。カーペットに消えないシミを残して。

翌朝、私は寝坊をして化粧もそこそこに玄関を出ようとして、金魚が死んでいるのを見つけた。金魚は鮮やかな色のまま玄関の冷たいタイルに横たわっていた。周りが少し濡れていた。金魚鉢にはただ水だけが最初から何もなかったようにーいやいつもより水位は低い気がしたがー入っていた。金魚が、死んだ。私は混乱した。動物なんて初めから飼わなきゃよかった。あの人が出て行って、柄にもなく買ってしまった、その金魚が玄関に身投げしたのだ。私は今走らなければ会社に遅刻する。だけど、今ここで金魚が死んでいる。私はふいに嗚咽した。玄関に座り込んだ。地震が起きても、コーヒーカップが割れても、金魚が死んでも、私はひとりぼっちだ。

私は半休を取って、まる一時間金魚を見ていた。それから、私は金魚を生ごみの袋に入れた。そうです私は冷たい女です。

この金魚のように私もちょっと国境を越えてみようか。身一つでひらりとこの場所を捨てようか。