三題噺「螺旋階段、レモン、留守番電話」

三題噺とは

「アイスレモンティーと…」チーズケーキに鋭い視線を向けたが「アイスレモンティーで」と言い直した。店員は「アイスレモンティーおひとつでございますね」と確認し「528円でございます」と言った。

席に戻ると、先に注文を済ませていた彼女の前にはホットコーヒーとガトーショコラが置かれていた。小さな敗北感を覚えながら彼女の前に座った。

「それでね?」彼女は今まで話し続けていたような勢いで「離婚することにしたのよ」と早口で宣言した。「そ、そうなの?」私は驚いたふりをしたけど、何も驚かなかった。彼女と彼がうまくいってたのかどうかは知らなかったけど、SNSを見ていれば人口の6割は不倫か離婚をしているし、人と人の関係性は変わっていくものだし、私はそこまで彼女に興味を持っていなかった。嫌いなわけではない。私は多くの人に興味がない。それだけだ。ただ興味津々のふりをしていれば何かと上手くいく、とこれまでの人生で学んできた。「原因は何だったの?」私は興味津々風に尋ねた。

「よくわからないのよ。ただ何もかもに慣れて、ただ何もかもがどんどん駄目になっていったの」私は少し興味を持った。「慣れたと言うより、ただ少しずつ彼もあなたも相手への扱いが雑になっていって、気づけば小さな失望がたまっていたんじゃない?」彼女は憮然として「未婚者なのによくわかるわね」と言った。私はチクリと感じたけれど「耳年増って言うの?あ、もう普通に年増か」と笑ってみせた。

「留守番電話をね、入れてくれなくなったのよ」彼女がポツリと言った。「毎日昼休みにね、午前中に起きたできごとや前の晩に話し足りなかったこと、帰ったら話したいこと、そんなようなことをね、5分くらい話して電話を切るの。それが、毎日がほとんど毎日になり、時々になり、なくなった」それぐらいのことで、と私は言わない。「あなたは彼に何かした?時々ラブレターを書くとか」彼女は少し黙っていたけど「そうね、私のせいかもね」と掠れた声で言った。

「円形の建物の中心部にね、螺旋階段があった。踊り場のない螺旋階段。」私は面食らったが黙って聞いていた。「螺旋階段は鉄柵に囲まれていて途中の階には入れない。ただ、誰かの生活が柵越しに見える。ああ、あんな家庭素敵だな。ああ、ああいう妻にはなりたくないな。何階建なのかもわからない。ただいつか地上に着くはずだと思って階段を降り続けた。長い階段だった」彼女はガトーショコラを口に運びコーヒーをすすった。「地上に着いたらね、離婚があった。振り返ると階段は跡形なく消えていた」

私は正直に「よくわからないわ」と応えた。「ただ、あなたはたった一人でその階段を降りていたのね?」彼女は深く頷いた。